映画 アーカイブ

シネマ探訪 3

I Am Legend
邦題:アイ・アム・レジェンド (2007年 アメリカ)
監督:フランシス・ローレンス

 ウィル・スミス主演のSF・ホラー。人間が癌治療のために作り出したウィルスによって人類消滅が導かれつつあるという、近い未来、本当に起こるかもしれないという人間が不安に思う部分をつつくからこそホラーとして成立する作品である。

 ストーリーそのものは予測のつきやすい明快なものであるが、主演のウィル・スミスの演技の上手さとCG技術の高さで十分楽しめ、かつ怖い作品になっていると思う。じっくり見入ってしまい、映画館で見ているにもかかわらず怖いシーンで飛び上がり、非常に恥ずかしい思いをした。

 登場人物が少ないので会話シーンが少なくなるのは当然なのだが、主人公の行動に現れる几帳面さ、規律の正しさが印象に残った。あの状況になれば、自暴自棄に陥り、生き延びるのはしんどいはずであろう。しかし、研究者としての意識から神経質なまでに自分を責めることがむしろ生きる気持ちを保たせ、規律正しい生活様式がそれをサポートしているように思えた。また、苦楽を共にした愛犬の存在があることが、生き抜いてきたことに真実味を持たせているように思う。守るものや支えてくれるものがあるからこそ、人間は生きようとするのだと思う。

 映画が始まって最初の方には、主人公がサバイバルな生活でも生きていける知恵をもっていることを示すシーン(自家製発電機などのライフラインの確保や日没のアラームなど)がたくさん出てくる。つまり、観客に「電気はどうしているんだ?水は?など」といった疑問を抱かせない緻密な作りになっている。とはいえ、「文明的なものが入らない地域や離島は感染してないのでは?」といった疑問を払拭できない部分もあり、やや、詰めの甘い部分もある気がした。 

シネマ探訪 2

persepolis
邦題:ペルセポリス (2007年 フランス)
監督・脚本:マルジャン・サトラピ/ヴァンサン・パロノー

マルジャン・サトラピ監督の自伝である同名のグラフィックノベル(graphic novel; 大人の読者を対象としたストーリー性のあるアニメーション)を映画化したもの。なお、タイトルの「ペルセポリス」とはイランの世界遺産にも登録されている、かつてのペルシア帝国の都である。

単館上映の作品なので学生さんからチケットを頂かなかったら、さらに、カンヌ国際映画祭で賞を受賞し、声で出演にカトリーヌ・ドヌーブ、という説明がなかったら、「モノクロのアニメーション」を観る選択肢は自分にはなかったかもしれない。
しかし、観てみてどっこい、これが、なかなか興味深い作品であった。

タイトルからわかるように物語の舞台はイラン。1970年代末のイスラム革命から1980年代のイラン・イラク戦争までの政治的変動に人生を左右されながらも、家族の温かさに支えられ、強い女性として成長する主人公を描いている。

イランについての歴史的事実を知ってはいても、その国に住む人たちが何を考え、感じているかを知る機会はあまりない。たくさんの血が流れ、目をそむけたくなる事実の中で登場人物が経験した悲しく辛い感情の部分と、「あ、そういう部分もあるんだ、やっぱりね」と共感できる部分の両面が含まれている。それが、実写ではなく、モノクロで、かつ、デフォルメされたアニメーションで表現されているからこそ、真実味を帯びて感じる。

細部までこだわり、すべてを詳細に見せることも、真実を知らせるための表現方法の1つである。しかし、その真逆とも言えるモノクロ、デフォルメ、という手法も真実をより良く反映するのではないだろうか。ストーリーのテンポをよくし、95分という短い時間にたくさんの内容を詰め込んでいても重く感じない。これが、観客に考える余地を与えてくれ、観客の判断が加わることで「現実らしさ」ができあがるのかもしれない。

シネマ探訪 1

The Bourne Ultimatum
邦題:ボーン・アルティメイタム (2007年 アメリカ)
監督:ポール・グリーングラス

記憶を亡くした元CIA工作員ボーン(Matt Damon)の自分探しを描いた「ボーン・アイデンティティ」、「ボーン・スプレマシー」に続く、trilogyの完結編。
trilogyではあるが、各作品の話はその作中に完結している。

新しいアクションの領域を開拓したとして、
「世界各地でロケを行い、手持ちカメラを用いて、その場にいる人の視線の動きのように細かいカット割りをすることで、臨場感とスピード感を演出している」
と、様々なメディアで絶賛されているが、素人目ながら今までのアクション映画とはなんとなく違うスピード感であることはわかった。
自分の周りを取り囲んで話が展開するような感覚を覚える。
言いかえれば、2次元の世界を俯瞰して観るのではなく、3次元の世界のど真中から映画を観ているトいう感じだろうか。
また、セリフ(言語的行動)が極端に少ないために、アクションや視線の動き(非言語的行動)が引き立っていた。
画像が一貫して暗いために、言語と非言語のコントラストが一層強調されているようにも感じた。

同じような主人公不死身映画/ドラマの「ダイ・ハード」や「24」で感じるような「なんでこの人これで無事なの!?」という疑問が生じることが少なかったのも(他人は感じているかもしれないが)、真実味を醸し出すような何かが、このような作風から生み出されていたのかもしれない。

三部作を振り返ると・・・
1作目での主人公には恋人とのやり取りの中に幾分笑顔があったものの、2作目・3作目には全く笑顔はない。
1作目で出会った恋人が、2作目で殺され、3作目ではその死のシーンが時々回想される。
1作目と、2作目・3作目の監督が異なるという違いもあるのだろうが、主人公にとっての恋人の位置づけの重さが「笑顔の有無」という表現で示されているのだろうか(たぶん、勝手な思い込み)。

顧問になりました

ふとしたきっかけで、映画同好会 「Film Noir」の顧問になりました。
   #Film Noirと言ってもモノクロ、犯罪映画に特化しているわけではないようです。
単に映画を見るのが好きなだけで、映画製作の知識などはないですが、
何らかの形で、学生さんのお力になれればと思っています。

そんなわけで、「映画」というカテゴリーも作ってみました。
内容は作品を見ればわかることなので書きません。
ここでは、内容はもちろん、話の展開の仕方、言い回し、カメラワークなど何らかの部分で面白いと思った作品について書きたいと思います。